以下は抜粋(概要)をメインにして書いています。

1. 私達は見て感じて演繹し推論する。
1) 感性のなせる技。
この章は抜粋(概要)です。
人が感性で捕らえ、法則を見出し、その中で演繹し結果もまた感性に訴えるべきものでなけばいけなくないか。
詳細は乞うご期待。

2) 数学は自然の映し。
この章は抜粋(概要)です。
数学は自然現象を捉え、その中から生まれたもの。
自然を離れて拡張しても意味があるのか。
虚数の話(虚数が無意味という意味ではない、交流では利用される。どちらが先にあったのか)
詳細は乞うご期待。

3) 間の覚え(間覚)
この章は抜粋(概要)です。
我々には間に対する感性−これを間覚と呼びたい−があります。この間覚には大きく二つ有ります。
角度を持って現れる視界に対し空間という間の感性であり、満腹感と空腹感との間覚−あいだ(なにものか)の間(ま)の覚えに対し時間という感性があります。

空間と、揺らぎは超存在である。
時間と、空間は明らかに質の違う感性です。直感的な視覚に訴える、空間の感性に対し、時間は心の中だけで感じるものに、周期運動の数えを当てたものです。さらに揺らぎが時間の感性に実質的な意味を与えます。


4)系
この章は抜粋(概要)です。
系とは思考の対象の範囲のことです。
例えば加算は系の中に物が移動してその物の数が増えることを表しています。(りんごを姉からもらうこと)
あるいは系の中で変化が起こりその物の数が変化します。(りんごを食べてしまうこと)

5) 物体は巨大な素粒子
この章は抜粋(概要)です。
電子が核の周りでは雲になっている。それは電子自体が膨らむのではないか。原始が電子を含め巨大な素粒子になっていないか。原始を構成する空間の領域自体がそのように特殊な場の構造を形作り一体で原始ではないのか。これを拡張して行き、分子も結合を含めて空間の領域を占める。細胞だって、接着剤で結合されたおもちゃだって、圧着された金属同士だって一体で空間の場の歪を形作っていないか。極端なことをいえば触れている、ただ単にテーブルに置かれたコップと、テーブルなんていうのはどうだろう。

自然はフラクタル
素粒子と原子
原子と分子
分子と細胞
細胞と生命
動物と人間
社会