8)まとめ(繰り返しです)
エネルギー密度の高い狭い領域、銀河系、太陽系、地球上など、またマクロ(巨視系)でもない、ミクロ(微視系)でもない中間視系ではエントロピーが増大するから加齢し時間が経つ。このことは化学変化の速さが濃度に関係しているのと似ている。
エネルギー密度の低い、広大なほとんどの宇宙の領域では、エントロピーは減少する。そこでは、私たちの周りのエネルギー密度の高く加齢する領域とは逆の向きに加齢、つまり減齢する。その膨大な宇宙の領域では、エントロピー的時間は過去に向かって流れる。
エントロピーが減少するか、増大するかの分岐点のエネルギー密度が背景輻射の4゜Kで、その温度で宇宙は均衡している。

その両者の時間概念を支えるものとして、経時が存在する。経時とは周期運動の回転数を数え、その数えが増えることに他ならない。経時の概念は数え、数を比較するという高等動物にしかできないので、高等動物しか持ち得ない。昼と夜が変わるのも、季節が何回変わるかもすべて経時の世界である。そうなると人間ほど高等でなくても経時の概念は有るのではないか。
すべての周期運動の周期が一致するかどうかは経験則であり、絶対的なものではない。同じ現象の周期運動(例えばセシウムの原子振動)は、すべての宇宙の領域で同じ周期であるかは経験則でもなく、地上にある者のかってな推測である。またあまり離れた領域では比較のしようがない。距離とはこのような意味で絶対的な意味をもっている。あまり遠く離れた領域との比較は成り立たない。光だけが事象の使者としてわずかな情報を地上にもたらす。
時間を議論しているのでこの際明確にしておきたいが、周期とは時間を単位にする。その時間とは別の周期運動の周期を数えることに他ならない。つまり、周期とは別の周期運動との数えの増え方を比較することになる。別の言い方をすれば周期運動の数えの増え方が時間ということになる。